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サザンコンフォート

                      グラス片手の四方山話

By 刀根麻理子

「娘が消えた日 5」の続きを書きたいのだけど、どうも文章がまとまらないまま2ヶ月経過。
誹謗中傷ならば幾らでも綴れるのだけど、真意はそうではない。
娘に有りのままの事実を残してやる事が目的であり、将来壁が立ち塞がった時、解決策を導き出すためのヒントを残してやりたいのです。
不幸な事に、あの家族と関わっていれば、その時は確実に来るのだから。

ようやくレコードプレーヤーを設置した。
プレーヤー自体は軽いのだけど、レコード針の信号を受けるためのアンプがやたら重い。
20Kgは有るだろうな、きっと。
そのアンプに耐えられるだけの台を急ごしらえし、途中腰が痛てえと音を上げながら、何とかLPをCD化出来る環境を作った。
だが、考えてみれば機材は娘と暮らしていた時から揃っていたものばかり。
つまりは、こんな事をしようと考えても、実行に移せる時間が皆無だったのです。

最初に針を落としたのは、刀根麻理子さんの「パープル・ローズ」。
刀根さんを知らない人も多いと思うが、実はデビュー当時、、遡る事20年になるだろうか、、その頃から作詞家としての活動もされていて、シンガーとしては、アニメ「キャッツアイ2」の挿入歌で一躍有名になった。
すっごい美人で知性も十分なのに、TVからは姿を消してしまっていたのです。
思えば、私にとっての女性の理想像は刀根さんがベースになっているのだろう、、ぅん~間違いない。
と、感慨に浸りながら、今、何されてんだろうと思い検索したらば、あれま、共通項有りますなと、勝手に思う(笑)
http://homepage2.nifty.com/seijitsuya/seijitsuya_001.htm
あ”ぁ、またニフだ!(爆)

LPの山を崩すうち、すっかり忘れていたカーラ・ボノフに行き当った。
先日書いた南佳孝さんの、オカマチックなものは出て来なかったが、、これ幸いか(笑)
カーラといえばファミレス(それカーサ)、、かつてリンダ・ロンシュタットへ数々の楽曲を提供してきたシンガー・ソング・ライターである。
美麗な容貌に恵まれながら、終にブレイクする事が無かったのは大女だったからとの声も有ったが、一つ一つの作品を大切にしたいという作家ゆえの姿勢も有ったのではないかと思う。
裏方に徹する事で雑音から謝絶され、これだけ秀逸な作品を残せたのだから、本望であったろう。
映画「ボディー・ガード」で、ホイットニーさんが熱唱していた「I will always love you」も、カーラの作品です。
リンダの曲ではありませぬ。

閑話休題
これまた本業とは別の調べ物も終了し、と言うか、自分なりの結論しか得られなかった。
これ以上は追えないと判断したのだけど、「自分時間と社会時間との狭間での煩悶」というところか。
まあ、次に繋がる手掛かりは掴めたので良しとしよう。

ウチのサイト、内容が内容だけに、アスペルガー、ボーダーライン、鬱、ADHDなどのキーワードでヒットして訪れて下さる方々が少なくない。
逆アクセスしてみると読むのも辛いほどで、皆さん、本当に、真剣に悩んでおられる。
反面ウチはパッパラパーなので、何も得られる物はないはずだが(苦笑)。

でも、ちょっとだけ書こうかな。
身近にADHDの男の子が2名居ると過去にも書いた。
今、彼らは中学生と小学生であるが、年嵩の方は既にチックが激しい。
それでも親は普通学級へ通う事を望み、本人も同意して通っている。
何より彼を受け入れている、ご学友と学校が有っての事なのだけど、今後受験などという時期に差し掛かったら、新たな問題も生じるだろう。
ノーマライゼーションという健常者的提案から見た場合、達観しているに過ぎないと書く。
親は突きつけられた事実を受け入れるしかない。
だが、時流はその価値の根底すらも覆す事がある。
その時、受け皿になってくれるのは誰かという切実な問題にぶち当たるのです。
私より年嵩の彼の親は、既に高齢化しているだろうし、その時にその力は無いだろう。
ノーマライゼーションの有り方云々より、機能回復のためのトレーニング(ADHDは克服できる)を積極的に受けさせ、その上で社会適応を計るべき事なのだろうが、残念な事に未だそういった施設は少ない。
少数派として社会の隅に追い遣られているのが実情である。
もう一人は未だ小学生の友人の息子。
親は至ってあっけらか~んとしているのだが、上記事例を知っているが故、何かと私は口を挟んでしまうのだ。
今からトレーニングを積めば、後々役立って来るはずなのだ。
が、特例の意識とでも言うのだろうか、自分達が亡くなった後の事を想像する力、即ちその子が一人で生きて行く力を付けてやるという観点には未だ程遠い。

これも過去に書いただろうけど、私は随分と昔に通所施設のボランティアをやっていた。
友達がスタッフとして働いていて、便利に使われただけなのであるが(泣)、関わった子供達から得た物は大きいと思う。
彼らは普通に暮らしたいのに、自分はそうではない、それが出来ないという点で日々煩悶しているのです。
本当なら、「出来なくたって良いじゃない、幸せに思える事は他にも沢山有るんだよ」と、言ってあげられるカウンセラーが必要なのだと思うが、真の意味での弱者切捨て行政では、それを必要と感じる心さえ持ち得ていない。
まして親たちは右往左往するばかりで、子供の将来の道筋を付けてやるなど思いも寄らない。

人というのは明確な答えが得られない場合、大抵煩悶する。
こうじゃないか、ああじゃないかと、あれこれ定義付けを模索するものであるが、一歩引いて物を見たらば「それを受け入れるか、拒絶するか」の選択に迷っているだけだという事に気付くはずなのだ。
人は目の前で起きている事象を弾力的に受け入れるか、否定するかの能力しか本来は持っていないものだ。

先天性の障害、後天的な事故障害については何も言えぬが、前出の症状は器質によるものではない限り、必ず快方する。
それには信頼できる協力者の理解こそが必要になる。
それと、情報が過多に飛び交っている今日では、あるケースに被験者を嵌め込もうとする事が多い。
健常者とされる人でさえ、その性格や行動は千差万別であるのだから、型に押し込もうという発想は、サポートする側の横暴であり、かつ不安の現れなのです。
先天的な障害を負って生まれた子も、後天的事故に苛まれた子も、心の煩悶から抜け出せない子も、有りのままを受け入れてくれる相手を求めている事に過ぎないのです。
問題を複雑にしているのは、情報過多の社会であり、それらへの整理であり、それによって導き出される数々の論の渦なのですよ。
なので、自分なりの結論を出したいと願う時は、情報から隔絶した環境下に身を置く必要があるのかな。

目指すところ、欲する結果は人によって違うので、漠然とした事しか書けなかった。
けど、後半は迷走した上無責任発言になったな、、許せ。

カーラの声が高い空に吸い込まれる。
さぁ~て、また歩き出すか。


訂正、ていせい!、低姿勢!”
上記、「I will always love you」は、ドリー・パートンの73年の作品でごぜいました!!
謹んで、お詫び申し上げます。
以下、言訳ですが、昨日から何か違和感が有ったんだよね。
と、LPの山を崩して思い調べてみたらば、30年前に買った(あっ、ませてたって事で、そんなに歳では、、ツッコミ無用で、^_^; )

リンダの作品「Prisoner in disguise」が出てきて判りました。
何かLose Againと一緒になってしまって、、スミマセンm(__)m
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