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サザンコンフォート

                      グラス片手の四方山話

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今日という日のあと数時間を自力でやり過ごすのは無理のようだ
今日とあの日とは明らかに違うのだが。
だからこそ、今こうして口火を切り書き始める事が大事なのかも知れない。

またこの日を迎えた。
3年経った今でも、昨日の事にように鮮明に思い出される。
あの日も暑かった。
3年前のこの日、娘との暮らしが終った。
翌日は娘と公園へ行くという約束をしていた。
胸が熱くなる。

人は辛い事を忘れることで身を守るものだけど、この日の事は例えアルツになっても一生忘れることは無いだろう。
心に刻み付けられた傷というものは容易く消えるものではない。
娘と会えなくなって1,000日余り。
3年と言ってしまえば平滑だが、私は写真の中の娘に1,000回「おはよう」と「おやすみ」を言って毎日を過ごして来たのです。
この先、いつになったら会えるのか何ら確約も無い。
その前に私がくたばってしまう事だってある。
なので、またここに記しておく。
波間にボトルを投じるような真似でも、時に試してみたいものなのです。
いつか読んでくれる事を祈って。

熱を持った言葉の塊になってしまうのかも知れない。
この文章を書こうとして、随分とメモや下書を残したのだが、概ね強い言葉ばかりが並んでいる。
娘へのメッセージとしては些か不適切な感もあるが、やはり書き留めておこう。
今の私にはこれしか出来る事が無いのだから。

「今日のご飯は何にする?」
娘が居なくなる朝、私に残した最後の言葉だ。
そして元気に行って来ま~すと言ったきり、二度と帰っては来なかった。
当時の暮らしを振り返ってみる。
去年辺りは辛くてこの作業が出来なかった。
ただただ涙が溢れて来たものだ。
それを考えると私も随分と強くなったものだ。
酒の量こそ減らないが(笑)

当時の暮らしを、崩壊する一年位前から思い起してみる。
家計には毎月35万から40万入れていた。
幅があるのはその月々で元妻の携帯料金が違ったり、遊戯収入(パチンコw)が有ったからなのだが、最低金額を割った事はなかった。
泡銭が出来れば、必ずお袋と私に還元してくれた親父の肝っ玉を、知らず知らずのうちに真似していたのです。
取引先や同業がバタバタと倒れて行く時代、まして取次ぎ会社の支払遅延は日常茶飯事で、決して楽ではなかったが、それでも生活費だけは最優先に置いて来たのです。

そんな中元嫁はそのカネで調停を起そうと思っていたと、ポツリと言った。
一体何を考えているのか。

娘が歩き出す前から多くの諍いは有った。
その度に家計費と契約書類、健康保険証を持って家を飛び出し、友人宅を泊まり歩く、実家に篭るという事を繰返していたのだ。
時に娘を置いてである。
まだ歩けぬ娘をベビーカーに乗せて、冬の公園で立ち尽くした夕刻、「明日はどうしよう」と途方に暮れた事も忘れていない。
その度にこちらから元妻に働きかけて、何とか戻れるように水を向けてやった。
その時間だけでも、1年のうちの1/4にあたるだろう。

家事も料理も常識的な範囲でさえ、全く出来ないような人間だと後から知ったのです。
娘が未だベビーベッドに居る頃は、デカいダイニングテーブルを占領しインターネット三昧の毎日。
周りには印刷物や書籍、諸々のモノが積み上げられていて、隙間には1cm程の綿埃が溜まっていた。
インターネットといっても、決して仕事をしている訳ではない。
「家庭の愚痴回収します」とかいう掲示板に嵌っていただけの話である。
フレッツ導入前だった事も有って、月の電話料金とプロバイダ料金はも3万にも5万にもなったものなのだ。
他人の金だから使い放題だったんですな、、
その上元妻の携帯料金も払っていたのだけど、よく2万の小遣いで遣り繰ったものだ(涙)
娘が泣けば仕事部屋から飛んで行き、2回に1回は私がオムツ代えやミルクを用意していた。
ゲップの吐かせ方なんて、上手いもんですよ(笑)

娘が這い回るようになるまでは、、いや、チョッとした手術を受けさせた辺りまでは、それでも何とかバランスを保っていたのです。
娘の成長に伴って家事も育児も忙しくなるものだけど、結局元妻はそのテンポに全くついて行けなかった。
そして、その苛々の原因を全て私のせいにしたのですよ。
手伝ってくれるのも迷惑極まりない等と言い出す始末、、(本当は殆ど私がやってたのだから、それは違うやろ!)
娘が生まれて以来、私は不可能な母乳の授乳以外は全てやって来た。
産後は水に触ってはいけないだのと、勝手な理屈を付けて家事を一切しなかった事に端を発するのだけど、だったらお湯を使えとか椅子に座ってやれとか、色々と手はあるものなのだが、それをいい事に何もしないのだよ。
いや、思い起せばお腹が大きくなる前から何もしてないな。
飯も洗濯も掃除も私だったモンな~。
いよいよ生まれるとの自己申告を受け、夜中に産科へ連れて行ったらば担当医に「もっと掃除をするとか、体を動かすように」と言われ帰された。
アンタ見てたの?という位恥かしかった(爆)
私としては睡眠不足と疲労でフラフラだったから、さっさと病院に引き取って貰いたかったのだけど(笑)
そんな風にして、娘よ、君は生まれたのだ。
フラフラだったからかも知れないが、君が初めて私の腕に中にスッポリ収まった時、君と交わした最初の言葉を記憶している。
「ぅん~」とか「あぁ~」とかであるが、今でもよく憶えているよ。

話を戻す。
娘が這いまわるようになれば、何でも口にしたがる。
初めて得た自由、見るもの全てに興味を示し何でも口に運ぶ。
ところが、そのワンダホーランドがゴミだらけであったらどうである?片付いていなかったらどうである?
そもそも片付けられない、ゴミを棄てられない人間が訓練も無しに生まれ変われる訳が無い。
発端はそこに有るのだ。
そもそも実家の自室にはゴミ箱を置いたことがないと言うのだ。
掃除は母親任せで、自分で掃除をした事は生涯で2~3回。
どうやら、見るに見かねて母親が掃除をしていたようだが、そういうだらしの無い点を注意する度、親も親類も口を揃えて「私が神経質」だと馬鹿な結論を持ち出す始末である。
神経質とか言う前に最低限、衛生的にしろ!何が問題かテーマをぶらすなと言ってきたが通じなかった。

元妻にしてみれば、私に怒られる毎日。
私にしてみれば、同じ内容で怒る毎日。
つまりは同じ事を何十回も繰り返し言ってもやらないのだよ。
ゴミは分別して棄てろとか収集日に出せとか、それらは正に単純な事なのだけど傲慢なせいなのか何なのか、いつまで経ってもやらず終いで、結局私がケツを拭く事になるのです。
で、そのうち「あんなに怒るのは何処かおかしい」という、転嫁論を振り翳すようになる。
まして、私がマインドコントロールしているとまで言い始めたのだよ。
オイ!、私をあんな化け物と一緒にするんじゃないよっ!

その様な事を言い出したのは、元嫁の父親である。
余りにだらしが無いので、初めて相談に言った時「全部知ってて結婚したんだろ」と発しやがった。
オイ、ゴルァ、手を尽くして仕方ないから相談してんだろが!
そこまで言うなら娘に「重要事項説明書」でも貼り付けてから外に出せや(怒)
これではまるで結婚詐欺である(爆笑)
いや、コイツは詐欺まがいの事、いや、詐欺そのもので他人の土地を手に入れたとんでもない大馬鹿者なのだよ。
借地契約も結んでいない土地に勝手に家を建て、後に地主が破産した時、債権者となった銀行が乗り込んで来ると開き直ったのだ。
そして仕方なくその土地が競売になった途端、自分で落札したのだよ。
これは明らかに違法行為である。
近年になって規制は緩和されたが、昔は厳しかった筈で取り締まりの対象になっていた。
何せ競売に掛かれば実勢価格の半分ほどの値しか付かないのだから、それを債務者が落札すれば半分の金額を浮かせた事になる。
それでいて銀行のやり方は汚いと言いやがる。
自分達が何をやったのかを棚上げしてである。
被害者面していれば、自分等のやる事は真っ黒でも規範を引っ繰り返して正当化出来るというものなのだよ。
そう、都合の悪い事は全部人のせいで済ませる大馬鹿野郎ドモなのだよ!
そもそも建築確認申請が有るのだから、誰の土地であったか知らない等と言う嘘は通らない筈なのにだよ。

そう、元妻はホームに帰って、大馬鹿者のバックが付いたら途端に態度が変わったのですよ。
入知恵も有ったのは周知の事。
ある時電話が入り、元嫁が電話で誰かと話していたのだが「亭主の教育?」と、つい元嫁は復唱したのだよ。
聞いていながら、随分タチの悪い冗談だなと流したのだが、今思えばその相手は上記の父親で、本気でそう出来ると思っていたのだよ。
目的は勿論カネ。
私を従わせれば、幾らだって吸い上げられると思ったんだな、コヤツは。

だが、そもそも、それは娘達の役目だった筈だ。
元嫁がおかしくなり始めたと最初に感じた言葉、「私は結婚するつもりは無かった」と言うのだ。
えっ!?、お前からコクったんじゃんと返せるほど単純ではないように感じたので、その時は黙っていたのだが、色々と問題が勃発するに当って、娘イコールカネという図式がぼんやり見えて来たのです。
そう、元嫁の父親は2人の娘に幼き頃から自身の幸せ(結婚)より、働いて馬鹿親を養うよう語り続けて来たのですよ。
一方、母親も相当なものだった。
家族の中では自分が一番で、口癖は「そんなのダメよ!」である。
何でも自分が決めた通りでなければならないのだ。
まして娘達の成長などは一切認めない。
自分が君臨するために、娘達を潰して行ったのだよ。
後述する元嫁のダメぶりも、母親が「そんなのダメよ!」と、手を出し続けた事によって何も出来ない娘を作り上げた結果なのです。
更にこの母親、陰では父親の悪口を娘達に散々言い放つのだが、父親は全く知らないどころか「私は皆から尊敬されている」と断じている。
ここまでになると、200歳位まで長生きするんだろうけど、「世の中の迷惑です、やめて下さい」と、書いておく(爆)

面白い話がある。
私が実家に呼ばれた時の事。
元嫁の実家の車がドロドロに汚れていたので、暇を持て余していた私は洗車をする事にし、ボディーに傷を付けてはいけないと当時妊娠中だった元嫁に私のマリッジリングを預けたのだった。
高い物ではなかったが、当時金の無かった私にとっては高価なものであったそれを、事も無く元嫁は無くした。
無くしたのは勿論家の中なのであるが、誰一人として探そうとしないのである。
普通なら、それが他人であったとしても「何かなくした」となれば、付近に居る人は協力してくれるものだが、誰もが「私知らないわよ」の一言でお終いである。
自分が疑われなければそれで良しという事。
決して一緒に探そうなどとは思わないらしい。
まして身重の娘(元妻)に対し「アンタがだらしないから」と言い放つ、とても思いやりに溢れた奴等なんだなぁ~(大爆笑)
たしかこの時は親戚も居たっけなぁ~(嘲笑)

再度話を戻す(^^;)
暮らしが破綻する1年前の続きである。
そう、調停を起こすつもりだったと言われた後の話である。
「どうやって暮らすのか、仕事は何をするのか」と、問い質した。
答えは無かったが、それでも娘と2人で暮らしたいと譲らない。
つまりそれが意味する所は(後にハッキリする事だが)月々の生活費を払う条件で離婚しろという事であるのだ。
金額はこれまでと同じ。
そんな勝手な話は聞いた事はない。
まして私はそんな金持ちでもないのだよ。
なので「どうやって生きて行きたいのか、暫く一人で考えてみなさい。そしてやりたい仕事を見付けなさい」と言って、避暑地に一週間放り出してやった。
普段から何もやってない奴に夏休みとは変な話なのだが、今後の事を考えれば仕方が無い事と、その時は思った。
勿論、その間の娘の世話は私の担当であるのだが、8月は決算がある上、連休も有りかなりタイトなのですよ。
それでも行かせた私は、今考えれば何処までも間抜けな奴である。
これは遊びに出たいだけの計略だとは後々になって知る。
何せ当時の私は毎日フラフラの状態で過ごしていたから、まともな判断など出来る訳が無かったのだ。

次章に続く。
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