サザンコンフォート

                      グラス片手の四方山話

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森進一ではないよ

子捨て箱容認ではなく、馬鹿親ポストを作ったらどうですか(激怒)

この問題は暫く前に燃え上がって久しく鎮火していたのだが、つい先日また報道が有った。
まあ、報道マンの都合で右往左往するのも無いのだけど、善行だからと根拠を見据えず強引に持って行く病院と世論にこそ問題が有るのではないかな。
そもそも、こんな事、やって良いのと基本に立ち返り吼えるわけです。
やっていい訳無いのに、それをしてしまう背景を議論する事も無く受け皿だけ用意すれば、受け入れる側は善行として評価されるのでしょうか。
冗談じゃないからズバッと切ってやるが、容認する事と怒りを持って戦う事とどっちが大変なのですかね。
まあまあ、なあなあで、必要枠だから作りましょうと唱える人達と、倫理と論理が破綻してると吼える人達。
論証する事も踏まえたら、どちらが楽ですかね――!?

人とネコとを引き合いに出すのは間違いであろう。
だが、同じ命である。
これは誰でも作れるものであっても、誰にも勝手に消せないものなのです。
例え当人であっても、当猫であろうとも、勝手には消せない。
ウチのエル子も捨てられていた。
母猫が置き去りにしたのだろうとporonさんは言う。
でも、もし、そうでなく、故意に飼主の都合で間引きされたのであったら、とても辛い話になってしまう。
当時、poronさんのサイトに嘲笑するコメントも有ったが、これは決して美談ではないのですよ。
助けられる命があるなら。何としても助けたい。
それが、人であってっも、ネコであってもだ。
私はそうする。

かつての欧米での話。
近親者によるレイプが横行し、10代の妊娠が社会問題になった時期が有ります。
この辺りは引用するのも辛いので、何処の国かは自分で調べておくれ。
そしてこのポスト、とんでもない背景に裏打ちされた社会制度である事も感じておくんなさいまし。

命といのちが触れ合う話など、滅多には無いもの。
だからこそ、こうして私は怒る。

<<と、ここまで書いて寝てしまい気が付いたら午前2時。
寒くて気が付くも、オンしたエアコンは送風状態に。
だから風邪ひくのね(涙)>>
そうして、そのまま気を失っていた(本日追記:爆笑!)

重ねて言う。
何故このような状況になってしまったか、血を流しながらも議論すべきなのだよ。
何が拙かったのか、何処でミスったのかを考えなければ、延々と継ぎ接ぎを繰り返すだけでしょ!って、事です。

やってはいけない事であり、それが平気になってしまったら、とうに人格は破綻してると思うわけです。
それを容認する社会も腐っていると捉えるべきです。
やるならば、行政は子供だけでなく母親も丸ごと保護するスキームを作るべきなんじゃないかな。
勿論、罰すべきは罰してだがね。

一つ書いておく。
所謂乳児院。
こういった目に遭った子供達が保護されて来る施設であるが、彼等の多くは元気が無い。
誰に比べてと言えば、通常の家庭に(通常、普通と言う表現もここでは不適切であるかも知れないが)育った子に比べ、感情表現が出来ない、欲求を上手く伝えられない、それが正当な物か否かが判らない、甘え方を知らない、常に大人に対しビクビクしている、つまりは良い子であろうとする、そしてそして、自己免疫力が弱い、つまりは生命力が弱いと言うレポートを私は読んでいる。
これらを紹介するつもりは一切無いので、興味がある人、文句がある人は自分で調べて読んで欲しい。
その上で反論して欲しいのだが、母親の庇護を得られなかった子供というものは、とてつもなく切なく弱い存在なのです。
飯を喰わせておけば良いというものではない。
昔なら当たり前にあった、先に書いた「通常の家庭」すらが変化し会話すらが無くなっている。
そんな中で子供たちは生きて行かなくてはならないわけだ。
ことによれば、毎日スーパーの惣菜だけで済まされているケースも多いのだろう。
今まで随分と書いてきたけど、何せ人間は楽したいからねぇ、、
その後に、その親達が老後を迎えてどのようなぞんざいな扱いを受けるか、ましてその子の人生がどんなものになるか。
その時は、これがスタンダードと言ってのけるのでしょうか。

こういう手順で文明文化は滅んでいくのだよ。

そして二つ目。
戦うに充分な力を持った弱者と名乗る奴らが結束し活動する影で、生きる力さえ奪われた真の弱者は何の助けも得られないまま死んで行く。
だが多くは語らず、政治、行政、世論、メディア、ついては論調というものはそういうものだと締め括る。
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出来れば思い止まって欲しかった

ずっと気持ちが重たかったので、この際書いてしまいます。
私としては立場的に命について触れるのはタブーなのだけど、宮本さんならもっともっと沢山の命を救えたはずです。
決してバカオンナの命を軽視するのではないのだけど、宮本さんには押し止まる勇気で引き返して貰いたかった。
かつて書いたと思うけど、自殺した人でも最後まで生きたいという願望を持って死んで行ってしまうものなのです。
なので、このバカオンナでさえ私としたら責められないというのが率直なところです。

かつて私も有りました。
乗り合わせた電車が緊急停止した事が。
停車していた時間は15分程度だったでしょうけど、その間の重苦しい車内の空気ったら、生臭い匂いまで想像してしまう程です。
今、死体の上に乗っていると思うと、決して良い気分などする訳は有りません。
ついさっきの事を、音はしたか、乗り越える感覚は有ったかなどと、反芻しながら思い出そうとするわけです。

鉄道マンの仕事の中で一番キツイ仕事、それは骸の回収と聞いた事が有ります。
バラバラになったそれらを、一つ一つ可能な限り拾っていく訳ですが、それでも指の2~3本はネズミの餌にでもなってしまうのでしょう。
それ程に飛び込みというのは無残なものなのです。

宮本さんとバカオンナの命の違い。
愛された命とそうでなかった命の違いなのでしょうか。
もし、このバカオンナが愛されていたのなら、こんな結末にはならなかったはず。
さらに残念な事には、このバカオンナは、自分がしでかした事の大きさを知る由も無いという事。
誰かに責められれば、「警官だから当たり前」、「私のせいじゃない」と開き直るだけでしょう。
死に方に立派もクソも無いけれど、こんなんだったら、宮本さんは自分の命も大切にするべきだったろう。
ちなみに、弔問に訪れたアベちゃんは宮本さんの名前を間違えて連呼していたそうな(爆笑)
ホンマにアホかいな、ハリセンボン。

もとい、これ程のバカオンナ、何故退院させたのかという疑問と医療機関の責任も今後浮上してくる事だろう。
00年に起きた西鉄バスジャック事件。
この犯人は施設から一時退院を許された僅かな時間の中で凶行に及んだのです。
このバカオンナも病んでいたとの事。
ならば入院していたのか通院していたのか、送致入院(字が違うな)させたのか否か、今後バカオンナの親族や医療機関を相手に宮本さんのご遺族は戦うべきだろう。
それが故人の意思を継ぐという事にもなろう。
人が生きる事に精一杯の力を貸した故人のためにも、ご遺族はこういった惨劇を繰返さない為にも公の場で戦うべきだ。
それが、ただの見せしめの結果になったとしても、事実を晒してバカオンナを糾弾し、同様の悲劇を繰り返すなと言いたい。

ただただ、宮本さんの冥福を祈る。 このページのトップへ
日本語知らなくて~ぇっ
どぁ~しよ~お~ぉっ
まだまだ平気かし~らっ

う・れ・し・い・よ~ぅなっ
こわいよ~ぅな~ぁ~っ
ま~だま~だつ~づく
あたしのき~じ~

あ~べに~はなしたら~
何にも言わずに睨んでるだけ

こまっちゃ~う~な~ぁっ
野党に誘われて~ぇ!!
どぁ~しよ~お~ぉっ
バカバカ言われつ~づ~けぇ

う・れ・し・い・よ~ぅなっ
こわいよ~ぅな~ぁ~っ
は~じ~め~ての~った~
しろぬき~もじ~ぃっ♪

ぶぅ~あ~か、ばっか! このページのトップへ
子供の頃の想い出を語るのではない。

一昨日のこと、夜分にTVを点けると「あしたのジョー」が再放映されていた。
場面は力石が去り、ホセが逝きといったところであったろうか。
実は「あしたのジョー」、子供の頃はあまり観てなかったので、大人になってからは配役もよく分らず、興味も涌かなかった筈だったのだが。

かれこれ6年になろうか、娘がまだハイハイしていた頃だろう。
ここからは「語るも涙、聞くのも涙」になってしまうので、心してください。
元嫁がどんな人格だったかはこの次に回すとして、とにかく喧嘩が絶えなかった。
裁判所には「些細な事で私が暴力を」と提訴したのだけど、後に逆転(爆笑)
実際には、ゴミは捨てない、家事はやらない、気に入らなければ乳児を置いて家を飛び出す、、おっと、次に回すんだった、、まぁ、サザンで既出の通りです。
それで当時は諍いが起きると、私が出て行くようにしていたのです。
客先に張り付いていた頃は、土日は無条件で「家に居てはならない日」だったのだけど、残った仕事を片付けたいと思う私としてはジレンマ。
しかもその合間に家事もこなさなくてはならないので、喧嘩の相手などしてる暇は無いのだが、昔から筋の通らない言掛かりばかり並べる奴には鉄槌を喰らわす主義なので、二言三言言い争った後に、ふらっと家を出て行ったのでした。
ところが、今度はその態度が気に食わないと言い出すのであるから、始末に終えない。
家の事を放り出して居なくなるのは卑怯だのなんのと始るわけです、、って、次回に回す(苦笑)

と、いっても、私としたら行く当てなどない。
都内なら先輩や友達の家など幾らでもあったのだが、下手に郊外に引っ込んだせいで出て行くのにも時間が掛かる。
で、行き場を失った私は、よくパチンコ屋に逃げ込んでいた。
勿論儲ける為ではなく、3,000円のパッキーでどれだけ時間を潰せるかが目的だった。
当時は、繰り返しになるが給料の殆どを巻き上げられた上、生命保険料や元嫁の携帯代まで私が払っていたのだから、財布の中の諭吉君は仲間が居なくていつも寂しい思いをしていた。

それでも距離を取ってさえいれば、何とか関係を維持出来ていた頃かも知れない。
が、そんな時、余にも腹が苦しいので近所の医院に行ってみると、大腸に異常が見付かってしまった。
紹介状を書いて貰い大学病院で再検査。
当初はクローンの疑いという事だったが、結果はファウンテンであった。
もちろん初期段階であって、転移など心配する必要は皆無であったが、この事を元嫁に話した時に「保険に入っておけば良かった」と悔し泣きされた。
そう、せいぜい10万程度の金のために流した涙ね。

内視鏡手術となるのだが、情けない事に金は全部巻き上げられていたので、私には入院費が無い。
保険がどうの言ってる馬鹿野郎に金を出せと言うのも腹が立つので、入院を半年遅らせたのです。
それに、娘に迷惑を掛けてはいけないと、馬鹿元嫁(書いているうちにだんだん腹が立って来た!)に騙されていたとは知らず(次回書く)に、せっせせっせと金を運んでいたのです(涙)
そんな事があって以来、事務所を開けられない休日は益々家から離れようと、パチンコ屋に通うようになった。

当時は「宇宙戦艦ヤマト」、「バカボン」、「ルパンⅢ世」、「仕事人」などの台が主流だったと思う。
随分と金を飲みこんだと思われる台にしか座らなかった(所謂ハイエナ打法)私、今思えばトントンの成績であったろう。
これらの機種の人気に隠れて、ひっそりと置いてあった台が「あしたのジョー」だった。
何せ両脇に座られると窮屈だからねぇ、人気の無かった台で邪魔されずに、子供の頃の記憶などを辿りながら打ってみたくなったわけです。
そう言えば、あの頃は皆貧乏だったよな~、継ぎ接ぎが当たり前とは言わないけど、昭和の子供は貧しい時代を知っていたよな~、もう下駄なんて履かないよな~、子供は多かったしガキ大将も居たよな~、、、なんて、ノスタルジーに浸るのが良かった。
リーチのシーンは8ミリ映写機をモチーフにした演出だったしね。

入院の前日、私は禁食を命じられていた。
口にしていいのはジュースとタバコだけ。
食べ物は一切ダメという一日を過ごす事になったのだった。
それで仕事部屋に篭って寝ているつもりだったが、出前のピザだの喰ってやがる馬鹿野郎に嫌気が差し、食べ物の香りがしない場所、そう、タバコ臭い場所の方がまだマシと思い、パチンコ屋へ逃げ込んだ。
時間は昼を過ぎていたので、半ば諦めモードで打ち始めたのだが、確変確定キャラ、、例えば黄色いレオタードを着たサチとか(ちなみに、このキャラが登場すると下駄を絵札に投げて当りを確定するのだけど、普段はまず当らない)がバリバリ登場して来るではないか!!
3,000円で買ったパッキ―は500円しか使ってなかった。

普通なら、こんな時は意気揚揚と帰るのであろうが、何せ喰ってはいけない身の上。
コカ・コーラだけで閉店まで時間を潰し、4箱を流し16箱を換金した。
ははっは、入院費用が出来たぜ(爆笑)と、思ったものだった。
仕方なく、「橋の下」(爆)へ寝に帰ると、とうに明かりは消え、馬鹿野郎は高鼾。
これを黙殺し、寝酒も飲まずに仕事部屋のカーペットの上でコートを着たまま寝た。
時は一月だった。

想い起せば館屋こそ立派であったけど、あのマンションは橋の下だったのだな~と、しみじみ。
あ、俺だけか(号泣) このページのトップへ

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  • Author: Cyber

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