サザンコンフォート

                      グラス片手の四方山話

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人はそれを「呪われている」というのだろうけど。

なんだかな~、面倒な事にばかり巻き込まれておりやす。
もう、笑うっきゃないくらい、、どははははぁ~(涙)

企業再生提案をかけた会社、2社が民事再生、、わっはっはっ!
オマケに1社の社長はタイ~ホ、、あ~らら、こらら。
なので手数料は四半期経っても入ってこない(大泣)

今年伸びたのは、飲食店再生一件だけという事になりそうで、至上最低な成績。
やっぱ、コメディシス製作に専念してた方が良かったと反省する毎日。
コメディ、、この際コメディアンと言っとくれ、、泣き笑い、いや、泣きばかりの芸人になりそうですけど、吉本さん、如何ですか、身売りします(笑)

ホントは心理ネタ「共依存」や「鬱」について書こうと思ってたのだけど、こんなんでは私が鬱になりそう(爆)
柳の下には環境破壊からドジョウは居ない、、証取法、商法、もう一度改善せよ、アベちゃん、、ムリポ。

今度はちゃんと書く、、説明を交えて、キチンと書く。
でも今日は乱れて「やめてけ~れ、やめてけ~れ、やめてけ~れ、ゲバゲバ」と締める。

なんちゅう日記じゃ(猛省)
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こんな英語は有るのかな?(恥)

通信に於いての技術革新はこの15年余りというもの、まるで未来を実現したかの如くである。
携帯でテレビが観られるなんて誰が想像したね。
でもって、GPS技術が一般化し、誤差100m内外に自分の居場所を確認したり、相手に知らせたり出来る。
なので、この先も加速力を失わず邁進して行く分野であるとの書類を作っていて、ふと「それってナンジャラホイ?」という気分になった。

ふと気が付けば、身の回りにはあらゆる通信機器が溢れている。
携帯電話とメール、PCメール、FAX、家電、郵便、電報、、、はたまたハム無線。
終いにはテレパシーが一般化するんじゃないか(笑)との勢いだけど、浸透度としては列記した順だろう。
技術革新は「より簡便に、パーソナルな方向」に向かって突き進んでと思う。

私世代がガキンチョの頃は、女の子の家に電話をする時など、相当緊張した。
ある種、度胸試しという意味合いも有ったのだけれど、オマセさんとしては何とか意中の女の子の気持ちを引き寄せたいという、切なる思いも有った。
だが、そこには常に関所が存在していた。
意中の彼女と話すためには、家族という関門を越えなくてはならない。
電話には大抵は母親が出る。
父親が出た日にゃ、世界の終わりを見た気分になった。
なので、自己紹介に近い、自分とお嬢さんとの関係を延々と早口で語り、要件の概要を話し、それでようやく電話口に呼んで貰うという事をやっていた。
そして意中の彼女が電話口に立った時、話を盛り上げる為に用意していたネタの数々を披露するのだが、大抵は独演会となってスベる。
それで大抵はガシャンと、寂しい音が心の奥底まで響いたものだった、、俺だけか、、orz
いやさ、女子も同じだったと思うけど、それでも性懲りも無く何度も繰り返していたものだった。

これを読んでくれている20代の人には到底理解出来ない世界だろうけど、家電しか無かった時代はこんなモノだったのです。
意中の人の声を聞きたいがため、脂汗で滑る公衆電話の重たい受話器を右手で押えつつ、妙に気取った声で話してましたっけね(爆笑)
どういう訳かこのテの電話は公衆電話が基本で、10円玉を沢山用意して戦地(笑)に向かったものでした。
とにかく、前線を突破しないと何も起きないという心持のまま、突進したものです。

ふと、それらを思い起したら、今は携帯も有るしメールも有る。
自由過ぎない?という思いが持ち上がった。
決して僻みじゃないけど(笑)、かつては家電も郵便も、検閲有ったのだよ。
それ故に犯罪の抑止力になっていた、、つまりは自分が犯罪者予備軍だったって事だけど、、残虐な事など滅多には起こらなかった気がする。

ハイテク全盛の今だけど、他人に知られない秘匿性の高さから犯罪の温床になっている事も事実。
それを防ごうと、これまたハイテクで対抗しようとする姿勢に、思わず失笑してしまったのです。
前出だったと思うが「便利ゆえ人の思考能力が退化している」と、書いた気がする(←これは明らかな個人的退化、冷汗)
ならば、何に技術力を使うべきかと煩悶する私は、こうしてブチ撒ける以外に無い。
技術力なんて、なんも無いじゃないというツッコミはごもっともですが、便利の方向の裏に退化ありと締めます。
なんか、先だっての馬鹿判決にも吼えたくなるので、このへんで。 このページのトップへ
2020年、KimigaYo-Yo-!というラップが流行っている。
作詞・作曲者はとうに不明で著作権は無く、ラッパーたちはガッパガッパと稼いでる。
ところが、それに目を付けた隣国から作者は私の祖先との訴えが上がり、日本の公的通貨で2億米ドルの損害賠償訴訟が持ち上がり、最高裁はこれを認め、請求の全額を支払うよう命じた。
アダム・ペク・ジェファーソン判事によると、判決は2006年9月21日の東京地裁の判例に倣ったものとの事。
また、プラットフォームが共通な現世界に於いてはナショナリズムは目の敵にされるとも語ったが、記者の「ではパトリオティズムは」との問には、「知らない言葉」だと語った。
その二年後、宇宙戦艦大和は「利権クリーナー(笑)」を求めてイスカンダルへ旅立った、、、

馬鹿な事を書いてしもた。
だが的を得ない論争にはこれ位が適切だろう(爆)

児童生徒ために騒いだのではなく、教員の為の訴訟です。
現場に声、、文章にはなってはいが、こんなものもある。
http://comcom.jca.apc.org/freedom/kiroku/tekkai_060314.html
厄介そうなのでリンクはやめておく。
あのなぁ、「魂を売り渡せ」だの、「独裁国家」だの、「カルト集団」だのとの事くらいしか書けないのかね。
まして、「いろいろな国籍の児童・生徒が学んでいる」からとは、極めて稚拙な列挙。
さらに「児童・生徒一人ひとりの思想信条の自由や表現の自由を奪う」だと?、年端も行かぬ児童生徒が真っ当な思想を論議するのかね。

思想・良心の自由と言う前に、伝承すべき、歴史・伝統、風習、即ち美徳が有るはず。
それを棚上げし、都合の良いように脚色して騒ぐだけなら誰でもできる。
子供達の上に立つ人達がやるべき事では無い。
ターゲットを日の丸と君が代にして、規律の乱れの逃げを打つと言うのなら、さっさとゼロトレランスを導入すれば良いだけの事。
子供たちは生来から社会性を持っている訳ではないから、手を拱いていると益々荒れるよ。
問題を混同して大きく騒ぐのは、もういい加減にして貰いたい。

そんな事で騒ぐより、皆民就労法でも作って、働けるのに働かない奴らを片っ端から摘発したらどうかね。
税収増えまっせ~!
どうせなら、盆も正月も夏祭りも秋祭りも、葬式も命日も、周辺諸外国と習慣が違うからと、撤廃する法律でも作れ!

今日のドラえもん、「野比のび太が百点を取りました」という一話があった。
小道具ロボットは、「人間はメディアを信じ易い物です」と、のたまわった、、大爆笑した。

コミュニケーション力も、考え抜く力も不足しているこの国だけど、「美しい国」と言ったアベチャン、しっかりな。
わたしゃ大和に乗って、、(笑) このページのトップへ
「ひなたちゃんの飼主さん」には感謝!感謝!

1時間以上も身動きせず座ってられるかが不安で、ず~っと散髪をサボっていたらば、終に前が見えなくなりました(笑)
一部の人から湯浅と言われたし(爆)
今週からチャリにも乗れるようになったし、そう、補助輪が外れた(ちゃう)、、思い切ってトライした。
一番不安だったのがシャンプー。
ちょっとの時間なのだけど、屈んだままの姿勢に耐えられるのか否か、、
いよいよとなった時、正直に不安を伝えると「じゃぁ、バックシャンにします?」と言って戴いたが、瞬間「爆シャンって、凄いの!?」と迷ってしまった。
どうやら業界用語らしい、、じゃなくて常日頃から「爆」文字など書いているのがいけなかったのね(苦笑)

まだ良く解らないので、タイトルにはしなかったのですが、「キレる子」という言葉の意味、というか実態とか共通項のヒントが見えて来た気がする。
かつて岡田尊司さんに倣ってドーパミン説やらも書いたのだけど、色々と読み進むに至って「言語による思考力と表現力の欠如」なのかな?と思えてきた。
まだ言語を知らない赤ん坊が、その欲求や生命的危機を伝えるがために泣叫ぶだけのように、それよりちょっとだけ育った子供達は表現力がまだまだ未熟で、言葉で相手を非難出来ない、目上に抗議出来ない、更にはその論理論法も身に付けていないがための爆発行動なのかと思い至った、、というか思いついた(^^;)
それと、コミュニケーション能力の低下は否定出来ないと思われる。
ゲーム脳の話を持ち出すとまた顰蹙ものかも知れないのだけど、都合が悪ければリセット出来るゲーム世界と違って、実世界では、例え子供の世界であっても「追い詰められる事」がある。
僕の子供時代もそうだったし、いつの時代も同じだったと思うが、窮地に立たされてキチンと弁明できないと、以後は相手にされなかった。
そういった危機的といってはオーバーだが、追い詰められた中で一所懸命考えて、相手とやり取りする能力が育ってないのではと思い至った。
それと、RPGにはシナリオが有る。
吸収が早い子供の若い脳は、次にどういった手に出たのかを、一瞬にして記憶してしまい、負けたらばリセットし、若しくは100円を入れてやり直すのであるから簡単に逃げられる。

ところが現実に於いて対面する相手が言う事は千差万別で、その対応もそれぞれに違うのだけども、それを学んで来なかったら、到底受け止められる筈がない。
これは大人も同様だが、事件や問題を起した子供も大人も「話す力、聞く力」が育っておらず、心のままの表現が出来ずに爆発してしまったのではないかなと、仮定している。
それと、虐めの事にも触れてみる。
苛められる理由というのは、今も過去も同じであるようだ。
何かの弱点に付け込まれ、攻撃の対象にされる。
その理由の多くは「皆と違う」というのも昔と変らないであろうが、繰り返し攻撃する理由は毎度毎度同じである。
子供なり、、いや殺伐とした経済状況の中では大人でも、会社という組織の中でも同じ話を聞きますが、、あんたたち、猿ですか(爆笑)
序列を争って己が力を見せ付けるための相手なら、弱ければ弱いほど好都合です。
上手くすれば、そいつを手下にして、徒党を組む。
猿山も人社会も似たようなモンです(笑えん)が、子供達の間でも最後には金銭での決着になっている事が、尚更笑えん。

キレる子供、凶悪化する青少年犯罪、全ては大人がだらしないからという括りでは、問題の根幹に行き当らないのでは?
大人も子供も、考える力、対面する力が、圧倒的に不足して来ているのではないかな?気が付かないうちに、、ツッコまれると困るけど(苦笑)
凶悪事件を犯した、所謂未青年、感覚的には半大人の犯行動機は「未熟で短絡的」とか「異常性格」、「反社会性」とかの一言で片付けられるのだけど、その犯罪を実際に行うに当っては、当人も人間である以上、相当に葛藤している筈なのです。
ではそれを突き破り犯行に至る力は何なのか。
他者への尊厳の否定、自己価値の傲慢が一つ。
そして自己価値の否定、これは自己破壊型の凶悪犯罪、つまり最終章には自分の死が待ち受けている犯罪がもう一つなのです。
どちらにしても、生への侮辱、否定といった犯罪が増えているように思えます。
つまりは、自分が「思う通りの理想」で生きていない事への、自分の身をもっての反逆(判り辛い)なのだろう。

勝手な事を言って、サッサと逃げてしまうようだけど、話す力は誰かと話さないと育たないし、聞く力は誰かに聞いて貰えないと育たないと、最後に書いておきます。 このページのトップへ
タクシン政権は木っ端微塵だそうだが、幸いタイ好きタヌキは無事だった。

どうもタイでは無血革命はシナリオ通りらしい。
タイに詳しいタヌキに、今朝電話を入れ聞いた事だが、報道されている通り以外の事は無さそうだ。
マレーシアと国境を接する辺りでは、常にドンパチやってるらしいのだが、理由は宗教的な事。
決してケツカイーダの影響下に有らずらしい。
まあ、15年前のクーデターも同様ですから、タヌキ社長はまた年末に行くようだ。

まさか、この時を狙ってクーデターを起こした訳ではなかろうけど、自民総選挙はアベちゃん圧勝で幕引きですね。
かつて純ちゃんが勝ち馬になった時代、私は「橋龍をもう一度引きずり出して腹を切らせよ」と、言っていたものでした。
その後、腹が腐って亡くなってしまったが、腹黒いというのは揶揄的にも医学的にも有用な表現だったのか(爆)

そんな、これまでの事を、東良さんの今日の記事「あの日も季節はずれに暑かったのか?」で思い出しました。
この先、どうなるかね、、と短く書いておく。 このページのトップへ
目を疑ったぜよ。

一昨日、この時間のトップは『「麻原教」行く末は いつ死刑執行か』ですと。
しかもクリックするとタイトルが変わってやんの。
http://www.asahi.com/national/update/0915/TKY200609150422.html
大体、日本語の表現としておかしい。
事件の重大性を考え合わせたら、「教えの果て」だのはコラムにでも書いたらどうだね。

ちょっと違う事を書いてみる。
最近は腰をやった事もあって、すっかり撮影には行ってないのだけど、各地に行く度に気になっていた事があった。
モデルは勿論伊東美咲ちゃんなワケない、、ハイ、野良の生物中心であります。
何がモデルになるかは、時折々なのだけど、雀と烏は何処でも見られる。
べっつに、面白くも無いし、珍しくも無いし、と、思いながらも、仕方なくファインダーを覗き込んできたのだけど、変な事に気が付いた。
雀も烏も顔付きが違うのですよ。
特に烏の顔付きは都心の烏とは雲泥の差があるのですよ、、、信じないだろうけどね。

新宿中央公園の烏は恐かった。
行き交う人達に威嚇の目を向けながら、常にチャンスを窺っていた。
獣と言うものは、普通ならば自分より大きい物には警戒し、距離を置いて観察するものだけど、中央公園の奴等は人と同目線上でメンチギリ(爆)してた。
奴等は人が残す残飯ばかりでなく、鳩の喉元に一撃を食らわせ食べていたのだから、その凶暴さは推して知るべし。
多分、幼児ですらも襲えるとも思っていた事だろう。

一方田舎の烏はというと、至ってのんびりしている。
何せ残飯を漁らなくても餌は十分にある。
こちらがレンズを向けようと、近付こうとお構い無しなのである。
この違いは何だ、種の違いでは有るまい、ハシブトガラスであろうともハシボソであろうとも、ミヤマであろうとも、関係は無かろう。
中央公園には圧倒的にハジブトが多かったが、地方の田園地帯、海岸地帯でも同様、ハシブトが多い。
違いは都心の烏のギラギラした目付きに比べ、地方の烏の目はトロンとしていて、人に対しての警戒心が少ないように思われた。
まるで、都心に住む人間と、田園地域に住む人間の、そのまんまの顔ではないかという事に思い至っては、苦笑するしかないだろう。

烏は何故都心から離れないのか。
理屈から言えば、餌が豊富な山間の地で暮らした方が何かと楽な筈なのだが、それをしない。
街に暮らした方が、動かない餌を採れる、楽して暮らせると学習してしまったのだろう。
カロリーも桁違いに高いし。
そもそも野鳥は日の有るうちは食べ続けないと体が持たない。
その羽ばたきのスピードは、雀や四十雀の小鳥では1/800秒でも明確には捉えられない程なので、運動量は相当なものである。
であるから、草の実や木の実、野ねずみやバッタ、こうろぎを狙うより、街に居た方が楽なのです。
都会の烏の目的、それは人間そのものではなく、本当は人間が持っている食料なのです。
空から威嚇して、驚いて逃げた人間が落とした食べ物が狙いなので、例えば何か食べながら道を歩いている状況なら、とても狙われやすい状況と言えます。
まして幼児はオヤツを抱えている事も多いし、その辺りも学習しているのでしょうね。

今年はブナの実の不作の年らしい。
ブナの実は1年おきに豊作と不作を繰り返すとの事である。
不作の年には熊が人里まで降りて来て、食料になりうる物を片っ端から荒らしていく。
これを防ぐため、熊の森にドングリを送ろうという運動も有るのだが、人間の食い物の美味さに味を占めた熊に何処まで効果があるのか。
学習してしまったのである。
猿も同様、各地で暴れまくっている。
こいつ等も学習してしまった口である。
最早、山に餌が十分に有れば問題は起きないという事ではないはずだ。
熊も猿も烏も学習してしまったのだから、効率の良い方に向かって来るのは仕方ない。
今、その学習能力を逆手に取り、人里は恐い所として熊に教え込む試み(威嚇)がされているのだが、効果の程は数年先でなければ判らない。
群れを作る動物、猿も烏もそうであるが、こいつらには断末魔の声を聞かせると一斉に逃げていくそうだ。
多分、ネットの何処かに有るだろう(←無責任、スマン)から、必要な人はやってみて。

化け物の話題から脈絡無く、烏、熊、猿、になってしまったのだけど、宗教団体と棲み分けるという意味などでは、ア~リマセン。
解釈は自由ですが、、断末魔の声、あっ、これ!(爆笑) このページのトップへ
アベちゃんへの皮肉である。
子供でも判り易いよう、カナにした(爆)

これ位じゃ、まだまだやり切れんなぁ~(涙)
だからこ、そこうしてここに書くのだけど、コメンテーターであり、作家であり、写真家でもある勝谷さんが大そうご立腹だ。
http://www.diary.ne.jp/user/31174/
勿論私も怒っているが、著名ブロガーのどんたくさんはもっと怒っている。
http://sisikutu.kilo.jp/blog/
このところ立て続けに起きている(のか、報道のフォーカスが集まったのか?)、各地で飲酒による殺人事件(と、私は書くよ)が勃発しているのだけど、それらの行為に対して罪の意識も薄れているという実情はなんだ。
今朝の東村山の事件で加害者が発した「これってヤバくない?」という言動には絶句した。
白戸葵よ、オマエがとっくにヤバイんだよ(激怒)

勝谷さんの逆鱗に触れたのはこのページ。
http://www.jichiro.gr.jp/question/horitsu_sodan/200505_no713.htm
自治労って予め免罪符を貰ってからでないと、一歩も外に出られないお子達なのね(爆)
やってもいねぇ事を心配するより、今日どう過ごすべきかと考えたらどうだね。
後ろ暗い事が無ければ、気に病む必要も無いだろうけど、もしかしてそうなのと、心理オタはツッコむ。
ちなみに、削除の恐れが有ると勝谷さんが書かれていたのでjpgにしておきました。
200505_no713.jpg
報道も報道である。
「酒を呑んで気が大きくなって」などとの文言は以後引用すべからず。
生粋の酒飲みとしては「酒のせいにするとは、酒に対して無礼極まりない」と断ずるのだよ。

さて、ニッポンをぶっ壊した現首相の後で、「美しい」とはよく形容出来たものだ。
格差を広げて、面倒は隅に追い遣っただけなのでは?と、疑問だけ投げ掛けて置こう。
グレーゾーン金利問題も有るしね。

更にさて、除細動機が各公共機関に最近急速に広まった。
では、問いたい。
各所に除細動機が必要な位、今の日本には心疾患患者が増えているのかね?
勿論救命の意図、医事規制が緩くなったという理由もあるのだが、自殺者は中高年を中心に毎年3万人を数えるのです。
としたら、自殺以前にストレスからの心疾患症状を発症する人は、どれだけ居るのかな?という私の問いです。

事実はペーパーでは語れぬ。

一行の文章でも語れぬ。

物事、ニーズが有って初めて装置が導入されるものだという事を、健康な人達も新たな視点で考えてみないか。


追記
上記のページ、消えましたね(勝谷さん、さすが先見の明)
「ムーブ!」でも放映されたらしいから、パニクったのね(爆)
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救急で運ばれたら、隊員の方、参考にして下さい(爆笑)

今朝方の変不調、エオリアンスケールみたいな違和感は去ったが、まだ普段とは何かが違う。
それでも「野菜が足りない」と断定し、八宝菜を作るが食は進まず。
不摂生の結果なのだろう、、と、猛省しなければ、、原因はストレスと前述したけど、よくよく考えてみればその方がカッコイイ。
「うぬが散り逝く跡を追え」とでも書けるからね(爆)

でも、本当にキツかった。
Cardiacはこれでも昔随分と勉強したのだけど、症状の辛さは知る由も無かった。
患者さんはこの数十倍の痛みに耐えかねて運ばれて来るのねと、改めて感じた次第です。

皆さん、摂生しましょう。 このページのトップへ
我慢が日本人の美徳だと教えた奴は腹を切れ(笑)

まさか自分がという己惚れもあって、ヤバいと感じてから行動してみても既に手遅れという事が少なくない。
そう書くには理由があるのだが、どうやら自律神経に失調が有るらしい。
内科的疾患は症状が顕著にならないと意識しないものだが、これは突然現れるものでは無いので、もっと早く気付けというツッコミも有って然るべきだが(半泣)
それでも、こうしてネタにしてしまう私はとことん意地汚い(爆)

異変に気付いたのは今朝の事。
軽い立眩み症状と、激しい動悸。
時たま同じ様な症状もあったので、普段は気にしないでいた(これが良くなかった)のだけど、今朝のは30分も続いた。
コーヒーを飲んだ直後だったから、虚血性かとも思ったのだけど、幸いな事に不整脈などは無い。
ちょっとヤバいなと思い、血圧を測ると正常値の範囲。
が、心拍数はレッドゾーン寸前である。
こりゃ参った、安静にしてようと思って30分経過後、心拍数はストンと正常に戻った。
こんな時に外出したら、行き倒れになり兼ねないので、今日は一日静かにしていようと思いつつ、メディ板を読んでみる。
まさか、自律神経の失調か!?
「無神経性胃炎」を得意としてきた私がまさか!?
だが、当て嵌まる症状が幾つもある。
ストレスも、酒で流せない物を幾つか抱えている。
そうか、これで自分も人並みかと喜んではいられない。
内科的疾患は、一度激しいのが出ると頻発する傾向に有る。
しかも、自律神経失調は病名でなく数々の症状を括ったものなので、具体的な治療法は無い。
薬剤で散発するしかないのだ。
要は気の持ちようで良くも悪くもなる、神経症や心身症にまで至るから面倒なのです。
暫くは静かに過ごす事にしよう。
こうして意識出来るだけで、ストレスはかなり軽減される事だし。

でも、腰が治ったと思ったら、今度は神経ですか、、もうガタが来ているという事に涙。 このページのトップへ
それでも駄目なら連座制じゃぃ!

「この国は壊れている」という、缶コーヒーCMでも流して貰いたい。
一体なんだろうね、この破廉恥ぶりは。
http://www.asahi.com/national/update/0905/SEB200609050013.html
http://www.asahi.com/national/update/0905/TKY200609050338.html
http://www.asahi.com/national/update/0905/OSK200609050054.html
http://www.asahi.com/national/update/0905/NGY200609050010.html
http://www.asahi.com/national/update/0905/NGY200609050008.html
http://www.asahi.com/national/update/0905/TKY200609050245.html

アサヒネットだけでも、これだけの馬鹿どもが今日一日紙面賑わしてくれたのだから、思わずサクラかと思ってしまう(爆笑)
報道されない事件は水面下に山ほど有る事だろうし、そろそろ地球を脱出した方が良いかも、、
と、毎日似合わないスーツ姿で裁判所通いをして、海外メディアから笑い者になっているかの方もかつて感じたのだろうか、、いや、せっかく点いた尻のジェットで飛んで行きたかったのか(笑)

かつて「だいじょうぶニャ~、にっぽん」というフレーズを書いた気がする。
この際、ネコに日本を任せてみては如何かね、、と、安倍ちゃんに向け、有り得ない皮肉を書いておく。
映画「猿の惑星」の方が、秩序が有ったぞ(大爆笑&号泣) このページのトップへ
By 刀根麻理子

「娘が消えた日 5」の続きを書きたいのだけど、どうも文章がまとまらないまま2ヶ月経過。
誹謗中傷ならば幾らでも綴れるのだけど、真意はそうではない。
娘に有りのままの事実を残してやる事が目的であり、将来壁が立ち塞がった時、解決策を導き出すためのヒントを残してやりたいのです。
不幸な事に、あの家族と関わっていれば、その時は確実に来るのだから。

ようやくレコードプレーヤーを設置した。
プレーヤー自体は軽いのだけど、レコード針の信号を受けるためのアンプがやたら重い。
20Kgは有るだろうな、きっと。
そのアンプに耐えられるだけの台を急ごしらえし、途中腰が痛てえと音を上げながら、何とかLPをCD化出来る環境を作った。
だが、考えてみれば機材は娘と暮らしていた時から揃っていたものばかり。
つまりは、こんな事をしようと考えても、実行に移せる時間が皆無だったのです。

最初に針を落としたのは、刀根麻理子さんの「パープル・ローズ」。
刀根さんを知らない人も多いと思うが、実はデビュー当時、、遡る事20年になるだろうか、、その頃から作詞家としての活動もされていて、シンガーとしては、アニメ「キャッツアイ2」の挿入歌で一躍有名になった。
すっごい美人で知性も十分なのに、TVからは姿を消してしまっていたのです。
思えば、私にとっての女性の理想像は刀根さんがベースになっているのだろう、、ぅん~間違いない。
と、感慨に浸りながら、今、何されてんだろうと思い検索したらば、あれま、共通項有りますなと、勝手に思う(笑)
http://homepage2.nifty.com/seijitsuya/seijitsuya_001.htm
あ”ぁ、またニフだ!(爆)

LPの山を崩すうち、すっかり忘れていたカーラ・ボノフに行き当った。
先日書いた南佳孝さんの、オカマチックなものは出て来なかったが、、これ幸いか(笑)
カーラといえばファミレス(それカーサ)、、かつてリンダ・ロンシュタットへ数々の楽曲を提供してきたシンガー・ソング・ライターである。
美麗な容貌に恵まれながら、終にブレイクする事が無かったのは大女だったからとの声も有ったが、一つ一つの作品を大切にしたいという作家ゆえの姿勢も有ったのではないかと思う。
裏方に徹する事で雑音から謝絶され、これだけ秀逸な作品を残せたのだから、本望であったろう。
映画「ボディー・ガード」で、ホイットニーさんが熱唱していた「I will always love you」も、カーラの作品です。
リンダの曲ではありませぬ。

閑話休題
これまた本業とは別の調べ物も終了し、と言うか、自分なりの結論しか得られなかった。
これ以上は追えないと判断したのだけど、「自分時間と社会時間との狭間での煩悶」というところか。
まあ、次に繋がる手掛かりは掴めたので良しとしよう。

ウチのサイト、内容が内容だけに、アスペルガー、ボーダーライン、鬱、ADHDなどのキーワードでヒットして訪れて下さる方々が少なくない。
逆アクセスしてみると読むのも辛いほどで、皆さん、本当に、真剣に悩んでおられる。
反面ウチはパッパラパーなので、何も得られる物はないはずだが(苦笑)。

でも、ちょっとだけ書こうかな。
身近にADHDの男の子が2名居ると過去にも書いた。
今、彼らは中学生と小学生であるが、年嵩の方は既にチックが激しい。
それでも親は普通学級へ通う事を望み、本人も同意して通っている。
何より彼を受け入れている、ご学友と学校が有っての事なのだけど、今後受験などという時期に差し掛かったら、新たな問題も生じるだろう。
ノーマライゼーションという健常者的提案から見た場合、達観しているに過ぎないと書く。
親は突きつけられた事実を受け入れるしかない。
だが、時流はその価値の根底すらも覆す事がある。
その時、受け皿になってくれるのは誰かという切実な問題にぶち当たるのです。
私より年嵩の彼の親は、既に高齢化しているだろうし、その時にその力は無いだろう。
ノーマライゼーションの有り方云々より、機能回復のためのトレーニング(ADHDは克服できる)を積極的に受けさせ、その上で社会適応を計るべき事なのだろうが、残念な事に未だそういった施設は少ない。
少数派として社会の隅に追い遣られているのが実情である。
もう一人は未だ小学生の友人の息子。
親は至ってあっけらか~んとしているのだが、上記事例を知っているが故、何かと私は口を挟んでしまうのだ。
今からトレーニングを積めば、後々役立って来るはずなのだ。
が、特例の意識とでも言うのだろうか、自分達が亡くなった後の事を想像する力、即ちその子が一人で生きて行く力を付けてやるという観点には未だ程遠い。

これも過去に書いただろうけど、私は随分と昔に通所施設のボランティアをやっていた。
友達がスタッフとして働いていて、便利に使われただけなのであるが(泣)、関わった子供達から得た物は大きいと思う。
彼らは普通に暮らしたいのに、自分はそうではない、それが出来ないという点で日々煩悶しているのです。
本当なら、「出来なくたって良いじゃない、幸せに思える事は他にも沢山有るんだよ」と、言ってあげられるカウンセラーが必要なのだと思うが、真の意味での弱者切捨て行政では、それを必要と感じる心さえ持ち得ていない。
まして親たちは右往左往するばかりで、子供の将来の道筋を付けてやるなど思いも寄らない。

人というのは明確な答えが得られない場合、大抵煩悶する。
こうじゃないか、ああじゃないかと、あれこれ定義付けを模索するものであるが、一歩引いて物を見たらば「それを受け入れるか、拒絶するか」の選択に迷っているだけだという事に気付くはずなのだ。
人は目の前で起きている事象を弾力的に受け入れるか、否定するかの能力しか本来は持っていないものだ。

先天性の障害、後天的な事故障害については何も言えぬが、前出の症状は器質によるものではない限り、必ず快方する。
それには信頼できる協力者の理解こそが必要になる。
それと、情報が過多に飛び交っている今日では、あるケースに被験者を嵌め込もうとする事が多い。
健常者とされる人でさえ、その性格や行動は千差万別であるのだから、型に押し込もうという発想は、サポートする側の横暴であり、かつ不安の現れなのです。
先天的な障害を負って生まれた子も、後天的事故に苛まれた子も、心の煩悶から抜け出せない子も、有りのままを受け入れてくれる相手を求めている事に過ぎないのです。
問題を複雑にしているのは、情報過多の社会であり、それらへの整理であり、それによって導き出される数々の論の渦なのですよ。
なので、自分なりの結論を出したいと願う時は、情報から隔絶した環境下に身を置く必要があるのかな。

目指すところ、欲する結果は人によって違うので、漠然とした事しか書けなかった。
けど、後半は迷走した上無責任発言になったな、、許せ。

カーラの声が高い空に吸い込まれる。
さぁ~て、また歩き出すか。


訂正、ていせい!、低姿勢!”
上記、「I will always love you」は、ドリー・パートンの73年の作品でごぜいました!!
謹んで、お詫び申し上げます。
以下、言訳ですが、昨日から何か違和感が有ったんだよね。
と、LPの山を崩して思い調べてみたらば、30年前に買った(あっ、ませてたって事で、そんなに歳では、、ツッコミ無用で、^_^; )

リンダの作品「Prisoner in disguise」が出てきて判りました。
何かLose Againと一緒になってしまって、、スミマセンm(__)m このページのトップへ

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